翻訳ラジオ

若手の IT 翻訳者が書いています。

翻訳者が日本語ノンネイティブのクライアントやPMとやり取りした例を公開してみるよ

英日翻訳者の納品物を受け取る相手が「日本語を分からない」という事態が生じるかもしれない近未来について考えてみました。

1.MLV (Multi Language Vendor) の進出

このブログを始めてよかったことの一つは、自分も翻訳関係の記事を読む機会が増えたことです。

 いろいろな話題がありますが、MLV (Multi Language Vendor) ということばを目にする回数が、少しずつ翻訳界隈で増えているかもしれません。

大陸勢のMLV(多言語翻訳会社)による単価の切り下げが厳しく、翻訳会社としてもなかなか高額の単価は提示しにくい状況になってきているようです。

東芝を辞めてDeNAを辞めて、フリーランスになって1年が過ぎました - hsetoguchiの日記

 

最近では、私のところにくる翻訳の仕事のかなりの部分が、ソースクライアント→MLV→日本国内の翻訳会社→私という流れになっています。間にMLVが入っても入らなくても、直接の取引先である翻訳会社との仕事のやり方はほとんど変わらないのですが、時々MLVからのフィードバックというのを見せられて、これに合わせてくださいと言われて困ってしまうことがあります。なぜなら、フィードバックに書かれている推奨訳が変な訳だったりするからです。どのように変かというと、これまでにここに書いたような感じのものです。

中間ベンダーによるレビューの意義 - IT翻訳者の疑問

 「IT翻訳者の疑問」では他にもいくつかMLVに言及のある記事がありました: MLV の検索結果 - IT翻訳者の疑問 

 

2.出版取次のように「日本国内の翻訳会社」のプレゼンスも低下する?

そしてもしかすると、日本における書籍の販売形態の変化(出版取次のプレゼンスの低下)と同じように、MLVと翻訳者の間にいる「日本国内の翻訳会社」のプレゼンスが低下する未来も近いのかもしれません。

これがポジティブな未来かそうでないかは分かりませんが、大きな変化になるであろうことは確かです。

そして、見逃せない変化として、翻訳者から納品物を受け取る相手が「日本語を分からない」という事態が今より広範に生じるようになるかもしれません。

 

3.翻訳者とノンネイティブの依頼者が直接つながる未来

少し前に検索で見つけてめちゃくちゃ面白かった記事が、自分のアプリをGengoという翻訳プラットフォームを使用して英語、中国語(簡体)、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語、中国語(繁体)、韓国語、ポルトガル語、インドネシア語の9言語に翻訳したこちらの記事なのですが umenon.com

ここでうめもんさんから英語で「このスペイン語、メキシコのストアでそのまま使ってもいいかな?」と尋ねられてるスペイン語翻訳者や、 「すいません、ドイツ語だと長すぎて、こんな感じで二段落に収まらなかったんだけど、短くできないもんでしょうか?」と尋ねられてるドイツ語翻訳者に近い立ち位置に、日本語翻訳者も変化していくのかもしれませんね。

(うめもんさんはコストの観点から、韓国語と中国語以外、まず日英翻訳をかけて、それから英語原文で各国語に翻訳されたそうです。)

 

ちょっと休憩:翻訳者にもシステム開発での「要件定義」に近いスキルが必要?

翻訳者には良くも悪くも「よい翻訳」は翻訳者が決められる、という感覚があるのかもしれません。

でも、システム開発の現場で(といってもシステム開発職で就業したことないですが)「よい製品とは何か?」を開発側が勝手に決めて、「この機能は要件になかったですがあった方がよいと思って勝手につけときました。工数はこれだけ余計にかかりました」とかやったらおそらく大問題ですよね。

(余談ですが、友達とご飯に行って、システム開発関係での訴訟は金額がエグいという話を聞きました)

これまで、日本語の分かる翻訳会社の担当者とやり取りしていたから顕在化しなかった「要件定義」のすり合わせに近い部分が、知識量などのギャップが大きいノンネイティブの依頼者とやり取りするうえでは必要になってくるのかもしれません。

(また、この辺、翻訳という業務の種類にも関わりそうです。委託業務なのかとか。検収方法や時期は設定されているのかとか。こういう契約関係も一度しっかり勉強してみたいです)

 

4.ノンネイティブ向けに日本語翻訳者がコミュニケーションしている実例を公開

実例そのままはさすがにまずいので、実例に近い類似例を作成しました。 

統計関連のソフトのローカライズで、今走りつつあるプロジェクトで、既訳から用語集の作成を依頼されたと想像してみてください。

担当者とやりとりするうちに、既訳内のブレ・不統一は、細かく報告しなくても、基本的に私の方の判断で数が多い方であったり妥当な方を用語集に登録すればよいという確認が取れました。

ただ、その上で、これはクライアントに確認とっておいた方がよいなというものが1件見つかりました。

 主な症状としては、continuous predictor の訳がぶれてるよ、という部分なのですが、なぜ既訳のブレが生じているのか次の表にまとめてみました。

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ノンネイティブの中でも、漢字が分かる担当者(中国、香港、台湾やシンガポールなど)じゃないと厳しいかなと思いつつ、色分けしてみたり。

要は、covariates≒continuous predictor なので同じ訳語を当てるのもよいのだけど、UIなので、predictor の訳語を統一するメリットもあるよという感じですね。

こういう、一長一短というケース、ブレやすいです。

なので、クライアントにしっかり背景も理解していただいたうえで、どちらがよいか決めてもらおうと考えたケースでした。

選択肢も箇条書きで、Plan A: covariates と同じ訳語を適用、Plan B: continuous と predictors を組み合わせた訳語を適用、と記載しました。

ちなみに、ここから、「1語に絞らないで文脈ごとに適用して」という方向に話が転ぶなどの可能性もありますが、その場合はそこから「この納期で文脈ごとの適用は、そこにばかり労力が集中して全体の品質が落ちます」などのやり取りに展開していくかもしれません。

 

5.プロジェクト内の時期によってもベストなやり取りは異なる

ここでは、今走りつつあるプロジェクトの用語集作成過程での疑問点ということで、丁寧めなクエリの挙げ方をしましたが、last minute なら「えいやっ」で翻訳者判断を発揮して納品時に報告という場合もあるかもしれません。

でも、新人にとっては last minute に思える場面でも、ベテランのローカライゼーションスペシャリストは「次のあそこのフェーズか、最悪あそこでも修正入れれる」とか考えてたりするようです。おそろしい(いい意味で)。

 

終わり:日本回帰の動きの紹介とおすすめ本2冊

どうでしたでしょうか?

こういう内容で本当に役に立つのかなという疑問もありつつ、割とおそるおそる書いてみました。

現場的にはホットな話題なのではないかとも思います。

 

また、品質を求めるクライアントによる「日本回帰」という動きもあるようです。

翻訳の未来は単純に1点には収束しないだろうという見方には賛成です。

最近、何社かの翻訳会社の方とお話しする機会があり、話題は自然と単価、と言うか業界の状況についての話しになるのだが、その中で感じているのは「日本回帰」。

コスト下げを狙って新興国の翻訳会社と手を組み、例えば中国の翻訳会社や翻訳者が翻訳を行う事で、翻訳コストを抑えようとする動きが業界的に加速しているのだが、最近では「翻訳の質」と「機密情報流出」の問題から、そういった新興国の翻訳会社、もしくは翻訳者へ翻訳を依頼する事を嫌うクライアントが出始めているようだ。

この世界も、多分、最終的には二極化すると思われるが、コスト、コスト…ばかりではないクライアントの存在を知る事ができたのは嬉しい限り。

翻訳の日本回帰 | 翻訳横丁の裏路地

 

最後に、ノンネイティブのクライアントやPMとやり取りするうえでのおすすめ本を紹介させてください。

一冊目は次の記事でも紹介した『関谷英里子の たった3文でOK! ビジネスパーソンの英文メール術

blog.traradio.com

 

 もう一冊は、中国や大陸勢という言葉も出ていたので

相席で黙っていられるか――日中言語行動比較論 (そうだったんだ!日本語)

中国の会話は将棋と同じである。「娘と息子、どっちがかわいい?」もそうだが、何か言われたら、 それに見合う内容の発話を返さなければ、会話にならない。

 この「将棋」というのは言い得て妙だなと思います。

一手ずつ指す中で、コミュニケーションによって、何事かを明らかにしていく感覚というか。

 大陸のやり取りのお作法にイラッとすることがあったら、こちらの第一章だけでも目を通してみてはいかがでしょうか?