翻訳ラジオ

若手の IT 翻訳者が書いています。

QA は翻訳品質を改善しない:体重計で体重を量るのと同じ

他業種に学ぶ」カテゴリーの「翻訳者として伸びる人、伸びない人: 自分と翻訳を切り離せてますか?」という記事では、ソフトウェア開発の現場の話を通して翻訳の現場を客観的に眺められないかということを試してみました。

どうやら、QAというフェーズに、本来負うべきではない過剰な役割が期待されてしまうのも、翻訳とソフトウェア開発の現場で共通する問題のようです。

体重計に乗ったとしてもその人の体重が減らないのと同様に、テストをすることが、ソフトウェアの品質を改善したりしません。テストはソフトウェアの品質レベルを知る手段ですが、ソフトウェアの品質を保証する手段ではありません(スティーブ・マコネル『ソフトウェアプロジェクトサバイバルガイド』)。

体重計に乗ることにより、体重が減る効果はゼロです。つまり、何回体重計に乗っても体重は減りません。単に体重がわかるだけです。ソフトウェアのテストでも同じであり、単にソフトウェアの品質がわかるだけです。

 

スティーブ・マコネルの孫引き部分も含めてこちらの本からの引用です。

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しかし、翻訳会社などで使われる言葉は違っても、「QA」と「レビュー/エディット」には明確に異なるプロダクティビティ(単位時間当たりの作業量)が想定されているはずです。
つまり、「QA」と「レビュー/エディット」は目的を異にする作業であり、QAには一定の限界が設定されているといえます。
特に翻訳の一部だけをチェックするスポットQAに顕著ですが、QAの主たる目的は納品物のスコアを出すということです。
そして、そのスコアが納品に求められる品質要件を満たすのならば、納品プロセスに移るはずですし、スコアが基準に満たないとなれば、そこでQAとは別個に品質改善の打ち手をPMが打たなければならないと思います。
この部分を曖昧にして、「QAで品質が悪ければQAの間で修正してね」というていでPMがプロジェクトに臨んでしまうと、QAに本来割り当てられていた時間を超過して作業をさせることになり、プロジェクト全体に別のかたちでひずみが生じてしまいます。

 

実際には、テストによって品質を上げていると思われるかもしれませんが、そうではないのです。体重計に乗っても体重は減りませんが、自分の体重を知って、ダイエットや運動などをすることで、結果として体重が減るのです。

同様に、ソフトウェアのテストにより、ソフトウェアの品質が分かり、多くの悪い部分(つまり不具合)を発見して、それらの悪い部品を改良する(つまり、不具合の原因であるバグを修正する)ことにより、結果として品質が向上するのです。 

そして、もう一つ、QAの主たる目的をスコアの測定に置くうえで重要なのは、納品物の品質は定められた「要件」に対して測られるべきであり、「完璧さ」に向けてなされるべきではないという点だと思います。

ビジネスとして実行できる品質保証は、欠陥をゼロにすることが目的ではなく、欠陥率を一定の割合以下(たとえば千、三つ)に抑え込むことのはずです。

 

さらにもう一点重要なのは、翻訳プロジェクトを管理するPMが、スコアが一定以下のときに取りうる打ち手を確保しているか、また初期段階からこまめに品質チェックを行っているかという点です。

特に、プロジェクトマネジャーが、「機能が正しく作りこまれてコーディングされていること」よりも「最初に決めたコーディング期間が予定どおり終了すること」を優先したプロジェクト管理を行うと、コンパイルが終わったというだけで、 機能を全部正しく作りこんでいなくても「コーディングが終わった」と担当者は報告しがちです。

 この「納期優先」の感じ、どこのローカライゼーションの現場やねんというくらい既視感があります。

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 以前に上のような記事を書きましたが、特に、これから増えていくであろう、ノンネイティブのPMやクライアントが自分自身で納品物の品質を測定できない状況では、「スコアを出す」し全員で共有するというQAの役割が大きくなっていくと思います。

そうした中でのやり取りで、「QAは品質を測定するけれど、改善するためのものではない。改善できたとしても微々たるもの」であるとか、「Q(品質)、C(コスト)、D(納期)は相関してるから、このQの設定で対応できるのはここまで」だとか、翻訳者の側でもきっちり主張できることが大切になってくるのかなと思っています。 

意見の対立(Conflict)を多面性への資源として活用してハッピーになる

コンフリクト、日本人は扱うのが苦手だという話もありますね。

ただ、意見の対立が生じたとき、「消耗させられるな、嫌だな」と捉えるか、「チャンスだ」と捉えるかで、気持ちの持ちようもずいぶん変わってくるのではないでしょうか。

ダイバーシティ・多様性の考え方にも通じるポイントですね。

自分がコンフリクトをポジティブに捉えられるようになったきっかけになった本から紹介します。

 

1.コンフリクトってネガティブなものなの?

タイトルだけからは想像がつかないかもしれませんが、コンフリクトに対する考えが明るくなったのは次の本がきっかけです。

ファシリテーション入門 (日経文庫)
堀公俊
日本経済新聞出版社
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Ⅳ 合意形成のスキル――まとめて分かち合う

2.協調的にコンフリクトを解消する

コンフリクトが創造性を生み出す

人と人とが集まって話をするとなると、必ずそこに意見や意識の食い違い(ギャップ)が生まれます。互いに関わり合いがなければ、ギャップがあっても何も問題ありません。しかし、意見を調整して共通の目標を達成しようとすると、そうはいきません。多くの場合、対立を生み出すもとになり、対立を解消しないと目的が達成できなくなってしまいます。

(中略)

初めに覚えておいてほしいのですが、コンフリクトは決して悪いものではありません。どちらかといえば、私たち日本人はコンフリクトを扱うのが苦手です。和を大切にするあまり、できるだけコンフリクトを避けようとします。有っても無いような態度をとったり、安易に妥協して対立をなくしてしまおうとしたりするのです。

しかしながら、これではせっかくのコンフリクトのよさが活きてきません。コンフリクトは、チームに新しい視点と緊張感を与えてくれます。コンフリクトを解消しようと、多面的な角度からアイデアが出され、ありとあらゆる選択肢が検討されます。そのおかげで、モレやヌケのない創造的なアイデアが生み出されていくのです。

ファシリテーターはコンフリクトを前向きにとらえ、それをプラスの価値へと転化していかなければなりません。

いかがでしょうか?

自分はこの一節を読んで、「コンフリクト、ありだな」と思えました。

個人的な事情になりますが、チームがちょっとぎくしゃくして、人生初の太田胃酸を飲みながら頑張っていた時期だったので、「コンフリクト、ありじゃん」と思えたことで気持ちを立て直せた部分がありました。

(だからか、釣りバカ日誌2の課長には少し感情移入しちゃうんですよね。太田胃酸飲んでることくらいしか共通点ないですが 笑)

 

2.「あっ、これってコンフリクトだな」と名前を付けるだけでも効果あり

タイトルで出落ちですが、コンフリクトの状況でどんどん気持ちが消耗しているときって、なにが原因かすら分かってないときとか、特定の個人にマイナスな感情を向けてしまっているときがあります。

それが「これってコンフリクトだったのか」と思えるだけでも、自分と相手を外から眺めるような視点を獲得できるはずです。

(とまでいうと大袈裟かもしれませんが 笑)

また、チーム内でも「今コンフリクトに入ったな」という認識を共通して持つことができ、しかも「それってチャンスだ」という気持ちを揃えることができれば、すごくチーム力が向上しますよね。

そして、こういうときは「コンフリクト」というカタカナ語の方が、重い意味がなく使えて便利かなとも思います。

 

3.綺麗ごとではない功利的な観点から

「みんな違ってみんないい」みたいな考え方は、メリットの有無の前に、小さな頃から押し付けられるせいでアレルギー反応が出てしまう人もいるかもしれません。

自分もどちらかというとそういうタイプです。

でも、いったん「自分の意見を押し通す」という部分を離れて、あるトピックについて、自分がマネージャーの立場で人を集めて意見を聞こうと思ったらどういう人を集めますか?

自分の中に密かな腹案があるような場合を除けば、当然、偏りすぎないように色んな人を集めますよね。

これなんですよ。

コンフリクトがあるって、この「色んな人を集めた」が実現している証拠なんです。

だから、「あっ、今チームとして強くなる素地がある」って思っていいんです。

逆に、「コンフリクト、嫌だな」という気持ちがある原因は、大きなゴールよりも自分の「我」を優先する気持ちが生じてしまっているせいかもしれません

 

4.気分を落ち着けてニュートラルに戻せるだけでも大きなプラス

「あっ、今コンフリクトだな」という状況認識をするだけで、 不思議なほど気持ちがフラットになるという効果があります。

翻訳やレビューなどの作業は、自分が未熟者のせいか、意外なほど感情面の波にスピードが左右されてしまったりします。

そうした波の揺れ幅を鎮める効果だけでも、「コンフリクト→資源」という発想の回路を持つことにはメリットがあるかなと思います。

メールベースのやり取りが多い翻訳関係の職種だと、コミュニケーションが変にこじれてしまったりするので、日々のストレスを減らす上でも、「あっ、今コンフリクト」メソッドを是非お試しください。

終わりに:コンフリクトを隠さないメリットにつながる関連記事

いくつか関連記事を紹介します。

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3文で書くメソッドには「理由も添える」ことで、意見や立場・観点の違いをポジティブな意味で明確にする効果と、「3文に留める」ことで感情的にもつれさせない効果の両方があるかなと思います。

 

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 また、コンフリクトとは異なりますが、自分のWant、自分のHappyな方向を「伝える」ことはパートナーシップでもお仕事でも大切ですよね。

相手もエスパーではないので。

 

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日本的な「阿吽の呼吸」が通じない相手だからこそ、日々のコンフリクトから受けるストレスを最小限に抑え、それをより大きなゴールで成果を出すための資源にしていきたいですよね。

 

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最後に、自分の翻訳を客体化できているかというポイントは、意外と今回の話と重なるのかなと思いました。

いったん作成したプロダクトを客観的に見ることができるようになると、とても楽になります。「そのプロダクトの品質と自分の価値は無関係」と考えれば、プロダクトに何を言われても平気です。むしろ、プロダクトの欠陥を検出できることを望むようになります。 

 うん、やっぱり今回の内容と近い。

ソフトウェア開発で伸びる人、伸びない』は翻訳者の方が自分を客観視するのにちょうどよい本だと思うので是非!

翻訳者が日本語ノンネイティブのクライアントやPMとやり取りした例を公開してみるよ

英日翻訳者の納品物を受け取る相手が「日本語を分からない」という事態が生じるかもしれない近未来について考えてみました。

1.MLV (Multi Language Vendor) の進出

このブログを始めてよかったことの一つは、自分も翻訳関係の記事を読む機会が増えたことです。

 いろいろな話題がありますが、MLV (Multi Language Vendor) ということばを目にする回数が、少しずつ翻訳界隈で増えているかもしれません。

大陸勢のMLV(多言語翻訳会社)による単価の切り下げが厳しく、翻訳会社としてもなかなか高額の単価は提示しにくい状況になってきているようです。

東芝を辞めてDeNAを辞めて、フリーランスになって1年が過ぎました - hsetoguchiの日記

 

最近では、私のところにくる翻訳の仕事のかなりの部分が、ソースクライアント→MLV→日本国内の翻訳会社→私という流れになっています。間にMLVが入っても入らなくても、直接の取引先である翻訳会社との仕事のやり方はほとんど変わらないのですが、時々MLVからのフィードバックというのを見せられて、これに合わせてくださいと言われて困ってしまうことがあります。なぜなら、フィードバックに書かれている推奨訳が変な訳だったりするからです。どのように変かというと、これまでにここに書いたような感じのものです。

中間ベンダーによるレビューの意義 - IT翻訳者の疑問

 「IT翻訳者の疑問」では他にもいくつかMLVに言及のある記事がありました: MLV の検索結果 - IT翻訳者の疑問 

 

2.出版取次のように「日本国内の翻訳会社」のプレゼンスも低下する?

そしてもしかすると、日本における書籍の販売形態の変化(出版取次のプレゼンスの低下)と同じように、MLVと翻訳者の間にいる「日本国内の翻訳会社」のプレゼンスが低下する未来も近いのかもしれません。

これがポジティブな未来かそうでないかは分かりませんが、大きな変化になるであろうことは確かです。

そして、見逃せない変化として、翻訳者から納品物を受け取る相手が「日本語を分からない」という事態が今より広範に生じるようになるかもしれません。

 

3.翻訳者とノンネイティブの依頼者が直接つながる未来

少し前に検索で見つけてめちゃくちゃ面白かった記事が、自分のアプリをGengoという翻訳プラットフォームを使用して英語、中国語(簡体)、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語、中国語(繁体)、韓国語、ポルトガル語、インドネシア語の9言語に翻訳したこちらの記事なのですが umenon.com

ここでうめもんさんから英語で「このスペイン語、メキシコのストアでそのまま使ってもいいかな?」と尋ねられてるスペイン語翻訳者や、 「すいません、ドイツ語だと長すぎて、こんな感じで二段落に収まらなかったんだけど、短くできないもんでしょうか?」と尋ねられてるドイツ語翻訳者に近い立ち位置に、日本語翻訳者も変化していくのかもしれませんね。

(うめもんさんはコストの観点から、韓国語と中国語以外、まず日英翻訳をかけて、それから英語原文で各国語に翻訳されたそうです。)

 

ちょっと休憩:翻訳者にもシステム開発での「要件定義」に近いスキルが必要?

翻訳者には良くも悪くも「よい翻訳」は翻訳者が決められる、という感覚があるのかもしれません。

でも、システム開発の現場で(といってもシステム開発職で就業したことないですが)「よい製品とは何か?」を開発側が勝手に決めて、「この機能は要件になかったですがあった方がよいと思って勝手につけときました。工数はこれだけ余計にかかりました」とかやったらおそらく大問題ですよね。

(余談ですが、友達とご飯に行って、システム開発関係での訴訟は金額がエグいという話を聞きました)

これまで、日本語の分かる翻訳会社の担当者とやり取りしていたから顕在化しなかった「要件定義」のすり合わせに近い部分が、知識量などのギャップが大きいノンネイティブの依頼者とやり取りするうえでは必要になってくるのかもしれません。

(また、この辺、翻訳という業務の種類にも関わりそうです。委託業務なのかとか。検収方法や時期は設定されているのかとか。こういう契約関係も一度しっかり勉強してみたいです)

 

4.ノンネイティブ向けに日本語翻訳者がコミュニケーションしている実例を公開

実例そのままはさすがにまずいので、実例に近い類似例を作成しました。 

統計関連のソフトのローカライズで、今走りつつあるプロジェクトで、既訳から用語集の作成を依頼されたと想像してみてください。

担当者とやりとりするうちに、既訳内のブレ・不統一は、細かく報告しなくても、基本的に私の方の判断で数が多い方であったり妥当な方を用語集に登録すればよいという確認が取れました。

ただ、その上で、これはクライアントに確認とっておいた方がよいなというものが1件見つかりました。

 主な症状としては、continuous predictor の訳がぶれてるよ、という部分なのですが、なぜ既訳のブレが生じているのか次の表にまとめてみました。

f:id:TransRadio:20180124001350p:plain

ノンネイティブの中でも、漢字が分かる担当者(中国、香港、台湾やシンガポールなど)じゃないと厳しいかなと思いつつ、色分けしてみたり。

要は、covariates≒continuous predictor なので同じ訳語を当てるのもよいのだけど、UIなので、predictor の訳語を統一するメリットもあるよという感じですね。

こういう、一長一短というケース、ブレやすいです。

なので、クライアントにしっかり背景も理解していただいたうえで、どちらがよいか決めてもらおうと考えたケースでした。

選択肢も箇条書きで、Plan A: covariates と同じ訳語を適用、Plan B: continuous と predictors を組み合わせた訳語を適用、と記載しました。

ちなみに、ここから、「1語に絞らないで文脈ごとに適用して」という方向に話が転ぶなどの可能性もありますが、その場合はそこから「この納期で文脈ごとの適用は、そこにばかり労力が集中して全体の品質が落ちます」などのやり取りに展開していくかもしれません。

 

5.プロジェクト内の時期によってもベストなやり取りは異なる

ここでは、今走りつつあるプロジェクトの用語集作成過程での疑問点ということで、丁寧めなクエリの挙げ方をしましたが、last minute なら「えいやっ」で翻訳者判断を発揮して納品時に報告という場合もあるかもしれません。

でも、新人にとっては last minute に思える場面でも、ベテランのローカライゼーションスペシャリストは「次のあそこのフェーズか、最悪あそこでも修正入れれる」とか考えてたりするようです。おそろしい(いい意味で)。

 

終わり:日本回帰の動きの紹介とおすすめ本2冊

どうでしたでしょうか?

こういう内容で本当に役に立つのかなという疑問もありつつ、割とおそるおそる書いてみました。

現場的にはホットな話題なのではないかとも思います。

 

また、品質を求めるクライアントによる「日本回帰」という動きもあるようです。

翻訳の未来は単純に1点には収束しないだろうという見方には賛成です。

最近、何社かの翻訳会社の方とお話しする機会があり、話題は自然と単価、と言うか業界の状況についての話しになるのだが、その中で感じているのは「日本回帰」。

コスト下げを狙って新興国の翻訳会社と手を組み、例えば中国の翻訳会社や翻訳者が翻訳を行う事で、翻訳コストを抑えようとする動きが業界的に加速しているのだが、最近では「翻訳の質」と「機密情報流出」の問題から、そういった新興国の翻訳会社、もしくは翻訳者へ翻訳を依頼する事を嫌うクライアントが出始めているようだ。

この世界も、多分、最終的には二極化すると思われるが、コスト、コスト…ばかりではないクライアントの存在を知る事ができたのは嬉しい限り。

翻訳の日本回帰 | 翻訳横丁の裏路地

 

最後に、ノンネイティブのクライアントやPMとやり取りするうえでのおすすめ本を紹介させてください。

一冊目は次の記事でも紹介した『関谷英里子の たった3文でOK! ビジネスパーソンの英文メール術

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 もう一冊は、中国や大陸勢という言葉も出ていたので

相席で黙っていられるか――日中言語行動比較論 (そうだったんだ!日本語)

中国の会話は将棋と同じである。「娘と息子、どっちがかわいい?」もそうだが、何か言われたら、 それに見合う内容の発話を返さなければ、会話にならない。

 この「将棋」というのは言い得て妙だなと思います。

一手ずつ指す中で、コミュニケーションによって、何事かを明らかにしていく感覚というか。

 大陸のやり取りのお作法にイラッとすることがあったら、こちらの第一章だけでも目を通してみてはいかがでしょうか?

夜中にミルクを買ってきてと頼む大切さ: パートナーシップでもお仕事でも

一緒に住むことを決めた時に読み、入籍したときにもう一度読み返した本を紹介します。

すべてのパートナーシップ本にいえることだと思いますが、コミュニケーション全般に関する内容として、パートナーや家族、友人などとの関係だけでなく、仕事の場でも活用できる部分があるかなと思います。

 

ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた (知的生きかた文庫)
文庫サイズで、重すぎないところがいいですね。
「男は火星から、女は金星から~」というキャッチフレーズの方に覚えがあることがある人も多いかもしれません。

 

内容に入る前に2大おすすめポイント

・原著の出版が1992年、25年以上前なのである意味古典! そこがいい。

パートナーシップについて述べた本の内容に、100%同意できる可能性は限りなく低いです。

パートナーシップに抱くイメージは、個人の育った環境に大きく左右されるそうですからね。

そうすると、最近出版された本であればあるほど、自分と同時代人だという意識が働く分、自分と異なる主張にはイライラさせられてしまいます。

その点、この本は、1951年生まれのアメリカ人のおっさん(失礼。)が25年以上前に書いた本だし、しかもあちらはキリスト教圏で家庭に関する考え方も違うし、ということを考えると、あまりイライラせずに読み進めることができます。

自分の癪に触る部分はさっと読み飛ばして、メリットがありそうなところだけを受け入れるという使い方をしやすいのではないでしょうか?

 

・訳者が大島渚さん

あの映画監督の大島渚さんです。文章も非常に読みやすいです。

大島渚さん自身、人生相談の名回答者として知られていたようですね。パートナー関係の話題にも強かったのではないでしょうか。

『ベスト・パートナーになるために』というタイトルの本を読むのはちょっとハードルが高いという人でも、「いやあ、訳者が大島渚さんでさあ。大島渚監督の映画、観たことある?」なんて話題のすり替えが効く本書なら、本棚に置けるはずです。

 

さて、内容ですが、おそらく読み進めていくと、どこかで聞いたことあるなあという既視感を常に覚えるのではないかと思います。

パートナーシップに関する話題や、いかに愛される女性になるかといったトピックは、ネットニュースなどの読み物でも人気ですからね。

また、本書自体がパートナーシップ本の大先輩ということもあり、いろんな部分がコピペさらながら今まで拡散してきたという事情もあるのかなと思います。

婚活関係のアドバイスなどでも、本書に似た内容を目にすることがあります。

 

というわけで、そいういう既視感のありそうなところを紹介しても、あまり生産的ではないかなと思い、一箇所、割と驚きをもって読めるところをピックアップしたいと思います。

夜中のミルクの話です。

登場箇所は、本書の中でも後半部の「第6章 男に自信をつける”女のひと言、会話の仕方”ー”男のやさしさ”を上手に引き出すテクニック」になります。

「上手に引き出すテクニック」という部分が的確かなと思います。

要は、自分が求めていることを明確に伝える、アサーティブになる、ということに近いのかなと思いますが、第6章では次のようなセクションが続きます。

手始めに”待つ”のをやめる

①もっと抵抗感なく男性に「YES」と言わせる方法

ここに気を付ければ、もっと気軽に”ひと肌”脱いでくれる

 1 タイミングを選ぶこと

 2 命令するような態度・口調で頼まない。頼み事は決して命令ではない。

 3 用件は短く。説明が長いほど抵抗感が増す

 4 そして分かりやすく。変に回りくどい言い方はさける

こんな間接表現では真意が通じない

男はみんなこの”言い方”にカチンとくる

②より多くのことを要求して手に入れる方法

相手に”選択の自由”を与えた方がNOと言われにくい

こうすれば男の”許容範囲”はグンと広がる

無理して「YES」と言っているうちは、まだ”他人の関係”

③あなたの要求を通すための”究極のテクニック”

感謝されると、男はここまで素直になれる

どうでしょうか? 私の方で太字にした「相手に”選択の自由”を与えた方がNOと言われにくい」という部分に興味を持った方は、これがまさに夜中のミルクの話になります。

 

少しだけ解説すると、男性に頼みごとをするときに「タイミング」が大切で、タイミング次第で男性の「抵抗感」が大きく違ってくるというのは、本書の大きなテーマと関わっています。

著者の言葉を借りると、男性はすぐ何かに熱中したり、ストレスが許容量を越えた時に「心の穴の中に閉じこもる」ことがあるそうです。なので、こういうタイミングで話しかけるのはよろしくない。

また、子供みたいですが、「今やろうとしてたのに」というタイミングで「ゴミを捨ててきて」と頼むのもよろしくない。

男性は、「ゴミを捨ててきて」の裏に「あなたはどうせ自分からはゴミ捨てなんてしてくれないだろうからもう一度言うわね」のようなダブルミーニングを感じ取って、「信頼されてない」と感じてしまうそうです。

 

次に、「間接表現を避ける」、「用件は短く。理由は尋ね返されたときだけ(しかも短く)伝える」という部分ですが、これはかなり有効だなと感じます。

自分なりの言葉で言い換えると、要件を、シンプルに、「私がこれをやって欲しい」とか「あなたがこれをやってくれたら私はハッピーだ」という、「私」発のポジティブなかたちで言い切るということだと思います。

「この前も私が担当したから~」みたいな「あなたがこれをやるべき」という理由付けは省いて、「あなた、これ、やる、私、ハッピー」で伝えた方がよいということですね。

これはチームで仕事をするうえでも大切だと思います。

チームの目的が、できるだけみんながハッピーなやり方で成果を出すことだとするなら、成果の部分は明確でも、個々人で何がどうなればハッピーかというのは口に出さなければ伝わらないですからね。

「あなたがやるべき」という形でこっそり「私が嬉しい」をしのばせるより、「これをやってもらえたら私が嬉しい」で細かくお願いごとをしあうことが、チーム力を高める一つのコツだと思います。

正当化できるお願いかどうかが重要ではないんですよね。「私がハッピー」=「チームの一員がハッピー」になるという情報をまず発信して、相手のYES・NOを聞いてみるというのが重要だと思います。

要求の自己検閲には反対!

 

これらのポイントを押さえた上で、次がいよいよ「相手に”選択の自由”を与えた方がNOと言われにくい」です。

たとえ彼があなたの要求に対して「NO」と答えても、あなたの愛情は変わらないということを彼に認識させることである。あなたから示される、より深い要求に対して「NO」と答えることが可能であると感じた時、彼はその要求に対して、より積極的に「YES」と答えるようになる。男性というものは「NO」と答える自由が与えられれば与えられるほど、快く「YES」と答えたくなるものだということを肝に銘じておこう。

女性にとっては、彼に自分の要求をいかにうまく伝えるかと学んでいくことも大切だ。しかし、相手の「NO」という答えをいかに受け入れていくかを学ぶことも同じように大切である。

 ロジックには賛成できないところもありますが、相手がYES/NO両方の答えを返せるお願いをするということには大賛成です。

相手がYESと言わざるをえないお願いって、まず第一に相手もすごくよい気分はしないですよね。そうなる前、YESでもNOでも答えられて、第3の道を考ることもできる状況でもってきてほしかったというのが正直なところでしょう。

また、YESと言われる可能性が高いかどうかは、推測ベースになってしまうので、実際にお願いしてYES/NOの回答をもらった方が精度も高いし、スピード感もありますよね。

さらに、YESと言われる可能性が高いお願いしかできないとすると、お願いの幅自体がすごく狭まりますよね。

「回答としては当然NOもありえる」というかたちで相手のNOを許容できれば、他から見れば「とんでもない」みたいなお願いもできるようになって、それは各人がハッピーになれる可能性を高めるはずです。

もし、あなたが男性に何か頼みごとをした時、彼から拒否されることを快く認め、理解を示してあげられるようになれば、彼はそのことをしっかりと心に刻み込んで、次の機会には喜んで助けてくれるようになるだろう。

だが、その一方で、もし、あなたが遠慮をしすぎて自分の要望をすべて犠牲にし、何も意思表示をしなければ、彼には自分があなたからいかに必要とされているかが永久に伝わらない。「前回は自分の拒否を気持ちよく受け入れてくれたから、今回こそ引き受けよう」などという気持ちが湧いてきようがないのだ。何の意思表示もされずに、どうしてあなたの本心が読み取れるのか?

あなたが愛情と思いやりを込めた気持ちで相手の心の扉をたたき続けるうちに、彼はしだいにその"許容範囲"を広げていき、「YES」と答える確率を高めていくのである。この段階になれば、あなたは彼にもっと新しいことを要求できるようになる。

あなたが愛情と思いやりを込めた気持ちで相手の心の扉をたたき続けるうちに」、いいフレーズですね。

「パートナーだから当然」、「チームだから当然」、「社内だから当然」という心を取り払って、営業担当のような気持ちで、NOの可能性も受け入れた上で、「扉をたたく」ことはすごく大切だなと思います。

 

文字数が今の時点で4000文字に達したようで、夜中のミルクの話を詳しく引用するのはやめようと思います。

ただ、これまでの流れでお分かりのように、夜中に相手が寝る直前に「ミルクを買ってきて」と頼むのは、NOと返される可能性が高いお願いです。

くれぐれも、こういう質問を、相手を試すようなかたちで使ってはダメです。

でも、今ミルクがあればハッピー、という気持ちから生まれたお願いとしては、夜中にミルクを買ってきてと扉をたたくことは、積極的に「あり」だと思う次第です。

 

ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた (知的生きかた文庫)

古典として一定の距離感を保って読めること、大島渚さんが翻訳者なこともお勧めポイントです。

英文メールを書くときに「フリーズ」しなくてよくなる一冊: 3文で書こう

ローカライゼーションの現場に入る前、とある日系企業で、英語事務+日英翻訳・チェックのような仕事を担当したことがあります。

そのときに海外の翻訳会社と英語でコミュニケーションを取る必要が生じ、あわてて購入したのがこの一冊です。

通読した後もずっと会社のデスクにおまもりがわりにしのばせ、今も自宅の本棚の一番よい位置に置いています。

関谷英里子の たった3文でOK! ビジネスパーソンの英文メール術
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2014-05-23)
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著者の関谷英里子さんはNHKラジオの「入門ビジネス英語」を担当されていましたが、その中にも本書に通じるような英文メールのミニレッスンが含まれていました。
もしかすると、『同時通訳者の頭の中』を書かれた人ですと紹介した方が、ぴんとくる方も多いかもしれません(文庫版が出ていたのでそちらにリンクしました)。
現在はサンフランシスコに拠点を置かれていて、ブログも更新されています。
さて、本題に入ると、『たった3文でOK! 英文メール術』には、シーンごとに分けた50個のテンプレートも含まれてはいるのですが、メールが必要な状況に応じて辞書的に引くというよりは、一冊通読して関谷さんメソッドを体得するというのが個人的なお勧めです。
翻訳と通訳のお仕事を比べると、辞書の使用が典型的ですが、翻訳者はリアルタイムでのアウトプットを求められない分、自分の「外」に自分の能力を拡張できるアイテムを持つことができます。
ただし、英文メールの技術については、通訳的に、自分の内側に体得し、しっかりと自分のものにした方がよいと思います。
なぜなら、英文メールは、翻訳のように作品を作り上げるというよりは、相手のいるコミュニケーションだからです。
毎回テンプレート文を参照し直すというのでは書いている自分もストレスですし、レスポンス力も低下してしまいます。 
その点、『たった3文でOK! ビジネスパーソンの英文メール術』は、最初の2章 (約30ページ) を読むだけで、関谷さんの述べる英文メールの基本方針に馴染み、いくつかのNG項目を把握することができます。
その上で、残りの50個のテンプレートを応用編のように読んでいくというのがお勧めの使い方です。
 
「3文メール」というのも、関谷さんオリジナルではないと思いますが、いいですよね。
こういう制約は、「3文で書く」と数字を受け入れることで、創造性を刺激してくれると思います。
こんなに長くなるってことはメールの用件が複数になってるから2通に分けた方がいいかな(特にCCの多いスレッドで複数の話題が飛び交うと大変なので2通に分けた方がよいです)とか、細かい話はドキュメントにして添付したり Sharepoint とかクラウドのメモに上げた方がよいかなとか、工夫に向けたアイディアが出ますよね。
 
また、多言語ローカライゼーションの現場では、「阿吽の呼吸」のようなものに頼りすぎず、日本語リンギストとしての考えを日々のコミュニケーションの中で明確にしていくことが大切だと思います。
この辺りでも、メールを自分の主張2文で終えるだけでなく、+1文して日本語話者・翻訳者としては当たり前のことでも「理由」を書いてあげるというのは大切なコミュニケーションです。
「たくさん言った」を読み飛ばされて伝わらない可能性とともに、「言わなかった」から伝わらない、も当然ありますからね。
スケジュール調整などでも、ただ自分の希望を伝えるだけでなく、理由も書き添えてあげるのが、相手の納得感や信頼感を得る近道です。
(こういう「理由」を「言い訳」のように感じずに、オープンに書いた方がよいと思います。たとえば、「猫の急な病気による通院」は半休申請の立派な理由だと思います)
 
3文を超えたときにコミュニケーションを一工夫するヒントも、1文や2文のメールに+1文してチームワークを高めていくヒントも、両方手に入ります。
関谷さんの ビジネスがうまくいく「3文メール」テクニックを是非お試しください!

翻訳者として伸びる人、伸びない人: 自分と翻訳を切り離せてますか?

翻訳業界にいて少し考えないといけないのは、他分野におけるような定説、成熟した議論から導き出された見解のようなものがそれほど多くないという点です。

なので、他業種や隣接分野の事情にも目を通して、「ここは似てるぞ」という部分を探すのは大切かなと思い、昨年の後半からそういう本を意識して読むようにしてきました。

今回の記事で紹介するのも、そうやって見つけた本の中の一冊。
ドキッとしちゃうタイトルですよね。
自分もドキッとして購入しちゃいました。

 

ソフトウェア開発で伸びる人、伸びない人 【第二版】 (技評SE選書)
荒井 玲子
技術評論社
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どういった人が伸びるのか、伸びないのか、翻訳者にも通じる部分が多いと思います。
詳しい個々の内容は、実際に本を手に取って素直に読み進めていただければと思いますが、是非紹介したいなと思ったのは、「いったん作成したプロダクトと自分の価値は無関係」と思える人の方が、伸びるという部分です。
これ、翻訳者向けに言い換えると、「翻訳へのフィードバックに傷付かなくなって一人前」になるのかなとも思います。
成果物としての翻訳と自分が切り離せていて、翻訳を客観的に議論の遡上に上げることができ、そこでのフィードバックから感情的な打撃を受けない、という状況ですね。

レビューの場で自分の書いたものを他人から批判された場合、嫌な気持ちになりますか?

(この)質問に「はい」と答えた人は、自分が作成したものと自分自身に依存性があります。客観的に見ることがうまくできていません。このタイプの人は、自分の作成されたものを批判されると、自分が批判されたのと同じように感じてしまいます。このタイプの人にとって、レビューは恐怖の場です。自分をレビューされているのと同じだからです。 

 いかがでしょうか? ソフトウェア開発者に向けて書かれた文章ですが、翻訳の現場にもまるっと当てはまるのではないでしょうか? そして、ここで述べられている「依存」は、言葉というものを扱う翻訳ではより表面化しやすいのではないかという気もします。

IT 翻訳やそれをひっくるめた産業翻訳・実務翻訳の現場でも、文のリズム、たとえば読点の打ち方を非常に細かく指摘する方がいますが、読点ってある面、その人の呼吸なんですよね。

呼吸=文体、といってもよいですが。

読点の打ち方に以上にこだわる人は、要は、「俺の・私の呼吸と同じタイミングで呼吸せよ」という要求を行っている人に近いのではと勝手に思っています。

かくいう自分も、読点やリズムの面での違和感を感じやすい=自分の文の癖が強いタイプのレビュアーですが、そこがフィードバックの中心にはならないようにかなり気を遣ってはいます。

話が逸れましたが、翻訳した文章に対してフィードバックを受けることは、自分の呼吸、息遣いに対してフィードバックを受けるようなもので、最初はやはり辛いと感じる方も多いと思います。

でも、子離れや親離れならぬ、納品した翻訳との翻訳離れは、早くなった方がハッピーになりやすいと思います。荒井さん もこう書いています。

いったん作成したプロダクトを客観的に見ることができるようになると、とても楽になります。「そのプロダクトの品質と自分の価値は無関係」と考えれば、プロダクトに何を言われても平気です。むしろ、プロダクトの欠陥を検出できることを望むようになります。

(中略)

プロダクトに客観性を持っている人は、実際に納品するのはソフトウェアや設計書であって、作成した人を納品するわけではない、ということを理解しています。したがって、レビューでプロダクトの欠陥が検出された場合、その技術者の思考は「では、どうすればその欠陥や問題は解消できるのだろうか」ということに移ります。そこでいろいろなアイディアによる検証ができるのです。「どうすればよいのか」と考え、ディスカッションすることは、非常に創造的で楽しいものです。

これは完全に賛成です。

「非常に創造的で楽しい」、いわゆる「moment」がずっと続くことはないと思いますが、でも減点法になりがちな翻訳の現場で、加点法の一瞬を見つけ出せたとき、自分は大きな喜びを感じます。

そして、自分が加点法で評価されるグラウンドを見つけることは、収入の面でもプラスだと思っています。

 

ちょっと脱線気味でしたね。

ソフトウェア開発で伸びる人、伸びない人』は非常に面白い本なので、「翻訳メモリを利用したいわゆる改定翻訳も、ソフトウェア開発者にとっての保守タスクと考えれば新しい見え方をするのでは?」というテーマで近いうちにもう一度触れてみたいなと思います。

新宿伊勢丹のハイブランドに学ぶコミュニケーション

買い物の付き添いで、年末に 1 回、年始に 1 回、立て続けに新宿伊勢丹に足を運びました。

特に 2 階のバー・カフェのカウンターで休憩するのが気分がいいですね。
新宿の中でお気に入りスポットです。

 

さてさて、化粧品、靴、バッグなどのいわゆるハイブランドがどのように接客しているか、自分一人だとほとんど経験することもなかっただろうので、買い物の付き添いから学ぶことも多いです。

特に、自分の買い物じゃない分、あそこの店員さんおそらく新人なんだろうな、緊張してるな、など、ちょっと引いた目線で見たりしています。

特に今回は、タイトルに魅かれて買った次の本を読んだ後だったからか、なおさら考える部分がありました。 

ハイブランド企業に学ぶ 仕事が変わる「感性」の磨き方 PHPビジネス新書
PHP研究所 (2016-03-11)
売り上げランキング: 100,640
ベンダーの社内翻訳者・レビュアーとしての業務は、ほとんど翻訳とレビューの実務が占めるのですが、昨年は、クライアントとや外部の翻訳者、さらにはチーム内でのコミュニケーションの大切さを感じた一年でもありました。
そして、コミュニケーションでは「正しいこと」よりも、「聴く」こと、そして「明確に伝える」ことが大事ですよね。
自分自身が、正しさにこだわりがちな面があり、コミュニケーション力には乏しいなと感じてこういった本にも手を伸ばしています。
 
そしてこの本、予想以上に大当たりでした。
たとえば、正面からコーチングを扱った本などで「傾聴」というキーワードが出てきても、順当すぎて読み飛ばしかけたり頭にしっかり定着しなかったりするのですが、ハイブランドの店員が接客上、相手の好みや家族構成、来店の目的を聞くうえで「傾聴」が大切と書かれると、しっかり心に残るんですよね。
自分が、メリットが明確でないと、書いてあることを実践できないたちなのかもしれませんが。

傾聴のトレーニングではよく「今日、朝食はとられましたか?」という質問から会話を広げる練習をします。

(中略)

パンを主語にした質問でも、例えば、
「パン食が多いんですか。パンはどなたが買ってこられるんですか?」
と訊けば、
「かみさんです。でも、彼女も働いてるから、朝はいつもバタバタで」 
「自分で買ってきます。両親は、ごはんにアジの干物が定番だから」
「それは娘の担当。おいしいパン屋を探して回るのが好きでね」
(中略)という話になるかもしれません。ちょっとした話を丁寧に聴いていると、いろいろなことが見えてきます。

「ご家族構成は?」「どちらにお住まいですか?」
と、ストレートには訊けないことも、つかめます

 これって、本当にうなづいちゃいます。

大串さんも書いているように、相手が大切なお客様だと感じているほど、こういったスモールトークを早々に切り上げて、自分の用意していた話・台本・スクリプトに逃げ込んじゃうことってありますよね。

もしくは、お客さんが本当に訊きたいポイントではなく、「ああ、あの話ね」と早合点して別の話をがーっとまくし立ててしまったり(今回の新宿伊勢丹でもある店舗でそういう場面がありました)。

そして、スクリプトに逃げたり、早合点して相手の真のニーズを聞き出せないのと同じくらい、相手のネガティブな話に乗りすぎたり、表現の面でベストなものをチョイスできないといった失敗も多いですよね。

ブランド以外のビジネスでも同じこと。「部長がいい加減だから」という愚痴を、聴いてはあげても、「本当に困りますね」などと、調子に乗ってはいけません。 

 

ジュエリーを扱うハイブランドに、エンゲージリングについて問い合わせしたときのこと。
「エンゲージリングって、お値段はどれくらいですか?」
「いろいろご用意しておりますが、一番お安いものは30万円です」
「エントリーレベルでしたら、30万円からございます」
大事なエンゲージリングなのに、一番安いものや、ジュエリー初心者向けという印象を与えるエントリーレベルという言葉は失礼ですし、何より、夢がありません。
「ダイヤの選び方、例えば、カラット数によって、いろいろでございます。現在店頭にご用意のあるものですと、0.3カラットの指輪で30万円、0.5カラットで45万円でございます」
どうでしょう、ずいぶん印象が違いませんか?

 この2個目の例が、『ハイブランド企業に学ぶ 仕事が変わる「感性」の磨き方』の中でも一番うなった部分です。

ハイブランド、すごい。この記事を書いていて、コミュニケーションの根底に、自分たちの提供する商品・サービスの価値への自信と、それゆえの落ち着きがあることが鍵なのかもなと思い始めました。

最後に、競合他社の話をどうポジティブに話題にするかの例も紹介させてください。

例えば、Aブランドのお店で、「先日、Bブランドも見てきたの」と伝えて、反応を見ます。
「さようですか」とスルーしてもいけないし、
「Bブランドは最近よい評判を聞きませんね」などとケチをつけては、もちろんいけません。
「あちらのブランド、ステキですよね」と同調するだけでもうまくない。競合ブランドのことや、お客様がそこに関心をもっていることをけなすことなく、自分たちの特徴をしっかり伝える必要があります。

「そういえば、Bさんは今シーズン、○○をモチーフにした商品をお出しですよね」
そうコメントすれば、ちゃんとアンテナを張って勉強していることが伝わります。
「Bさんは○○がお得意ですので、商品もボリューム感がありますね。私どもはブランドの発祥からも、繊細なデザインを得意としておりますので、今回のエレガントな装いに合わせて、というお客様のニーズにぴったりだと思います」
競合ブランドの長所も褒めつつ、あなたには私たちのブランドの方が、なぜお勧めかというポイントをしっかり伝えます。

どうです? 今週末は皆さんも、「感性トレーニング」として、あなたの街の百貨店に出かけてみられてはいかがですか?
大串さんの本も、接客業や営業職などダイレクトに関わる仕事だけでなく、翻訳者などコミュニケーションの業務に占める割合が一見少なそうに見える職種の方にも是非手に取ってみてほしい一冊になります。